正直泣いた。いや物理的には泣いてないけど。物語観て涙を流すタイプの人間ではないので。だが心の中では何度も泣いた。具体的には2度泣いた。

一度目は第一部の終了時点で、二度目は第二部の終了の際にだ。ともにクライマックスにおける葦船住人の嘆きと独白に泣いた。

東浩紀すげーなー。
批評家だとばかり思ってたのに…。正直甘く見てました。すごく面白かったです。後半に行くほど文章が手馴れてきてる感じで、よかった。
おそらく次回作といわれてる火星SFはもっと面白いだろうな。
もっと小説家東浩紀の考えている面白い話を読みたい。いずれは誰かがアニメ化とか実写映画化するとよいのだと思う。それくらいのパワーはこもっていた。

AMAZONのレビューに「わからない」という印象を書いてる人がちょこちょこ見受けられたのだけど何がわからないのかがむしろわからない。かなり明確だと思うんだが。クォンタムファミリーズは東浩紀という思想家の、入門書にして現時点での集大成ともいえる作品だと思われる。「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」への応答も東浩紀の思想そのままなのだからある意味では予想通りの結末でもあった。わからないという人はラストの住人の独白だけ読み返すとだいたい7割くらいは理解できるはず。どうして今、ベーシックインカムで一般意志なのかもわかるだろう。
つまりこの小説内で東が言いたかったことは
「帰還すべきハードボイルドワンダーランドは崩壊した。われわれは世界の終わりに生きるしかない。であるなら、みんな好き勝手生きればいい。路上に立ちふさがる障害物は蹴散らせばいい。殺さない程度に。自己責任で。死なない程度に」
ということなのだ。死なない程度に、という部分を保護するのがセーフティネットの確立であり制度設計問題につながってくる。

この小説においてもはや現実とは数学的解釈においては虚構となんら区別のないものとして書かれていた。おそらくラストエピソードにおける汐子の世界とは可能世界的に作られた虚構の現実に過ぎないのであるのだろうけど、そもそものクォンタムな世界観全てが幽霊のようなものなのだから、あれはやっぱりトゥルーエンドとして許容すべき世界なのだろう。
価値や物語などは、絶えず仮定法に晒され相対化され、メタ世界的に包括され続ける。だがそれは何度も脱構築を繰り返し、より強固な現実へとシフトしていくのだ。そのような力強いメッセージを感じ取れる力作だった。
次回の小説ではいったいどのような物語を見せてくれるのか今から楽しみです。

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