ここ数年、将棋界が電王戦に取り組み始めたころから将棋を始めたのだが、藤井竜王凄いな。彼の指してはAI的な読み筋に人類としては最も近い領域に到達しているそうなのだが、何やら奇妙な気分にもなってくるのでなんだろなあこれ、てなっている。

彼は何かのインタビューで「盤上の物語は不変である。」と答えているのだが、これはつまり、人間の指し手がAIから学んだものであっても盤上で物語を紡いでいるのは人自身であり、そうであれば毎回別のドラマが展開されているわけだから、それは永遠に不変的に続いていくものだ、という話をしているのだと思われる。
だが、その言葉から感じられるジワリとした違和感は、AIの局面把握に物語性は存在しないということを藤井さん自身が知っていて、あえてそのようなことを話している点ではないかと思う。

彼は「もっと強くなりたい。」と常にインタビューでは答えているが、その先にある景色、帰結は「盤上の物語の終わり」につながる細くて孤独な一本道のようなものではないか、と抒情的には解釈できたりもする。
21世紀は神の死、やら人間の終わりに次いで「物語の終焉」を迎える世紀になるのも、また必然なのかもしれないなあ。しかしそれはそれでそういうものだからね。大きかろうが小さかろうが物語で社会を駆動するのは凄く危険なことだとこれまでの歴史が証明しているからね。しょうがないね。

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