ISBN:4048733397 単行本 滝本 竜彦 角川書店 2002/01 ¥1,785
滝本はファウストとかで読んだり、イタイ言動をしたりしてたのを観て結構好きな作家だったのだけど実際に本を買って読んだのは今回がはじめてだった。漫画版はまだ結構コメディタッチなんだけど、こっちの原作の方は笑えるんだけど、かなり痛々しい。
当時の滝本は本当に追い詰められまくってたんだろう、というのが文面の節々から呪いの宿ったように伝わってくる。こういう魂のこもった、作家が必死になって破綻も気にせず突っ走ったような内容の物語は僕は好きです。必死なやつが僕は好きなのだろう。僕があんまり必死にならないやつで、本気になって失敗することを恐れるようなヘタレだから余計にそう思う。
これくらいに必死で切実な話を書けるにはどうしたらいいのかなあ。滝本くらいに他人に対して必死になれたらいいのだけれど、僕はすでに何か、あきらめてしまってる・・・
あきらめても何か残るだろうと思ったがまだ何か残りかすがあるのかどうか本当に微妙だ。死ぬ意欲すら湧いてこない。ああ、多分今腹が減ってるからそう思うんだな。生命力が足りない・・・
内容としてはヒキコモリの精神がびしびし反映されている話だろう。つーか主人公は多分滝本さんそのものだろう。僕はここまでエキセントリックにコンプレックスを抱えたことがないんだが、他のヒキコモリストの人たちはこんくらいにやばいのかもしれない。そういえば友人のDはこれくらいに必死だった気がする。何もかもをあきらめた上で必死になりたス。腹が減った・・・飯を食おう。
あとがきは2001年版と2005年版のとがあったんだけど、2001年版の滝本は一人称を「僕」と称していた。そしてこの問題が現在進行形であると言及していた。一方2005年の滝本は一人称を「私」として「この作品は面白いよ。だからみんな買ってね」らしきことを言及していた。これは滝本自身における、この作品の位置付けが遠い昔のこととなってしまったという皮肉な現状認知のあとがきなのだろうと思う。
多分、4年前の滝本はこんな自分になってしまうことを何よりも嫌い、成長することを拒絶しているまさにミスターチルドレンな存在だったのだろう。しかし、現在の滝本は革命を起こすことも成長を拒絶し、死ぬことも出来ず、うやむやなままに大人になってしまい、そしてその痛々しい自分の過去を傍観者の目で眺めてしまっている。そんな自分に腹がたつことすらもない。そのこと自体に何か苛立っているように感じた。というのは深読みしすぎかねえ?
でも多分2001年の滝本が現在の滝本を知ると、きっと殺しに逝くと思うんだよね。ああ、だから腹が減ったんだ。飯を食おう。
滝本はファウストとかで読んだり、イタイ言動をしたりしてたのを観て結構好きな作家だったのだけど実際に本を買って読んだのは今回がはじめてだった。漫画版はまだ結構コメディタッチなんだけど、こっちの原作の方は笑えるんだけど、かなり痛々しい。
当時の滝本は本当に追い詰められまくってたんだろう、というのが文面の節々から呪いの宿ったように伝わってくる。こういう魂のこもった、作家が必死になって破綻も気にせず突っ走ったような内容の物語は僕は好きです。必死なやつが僕は好きなのだろう。僕があんまり必死にならないやつで、本気になって失敗することを恐れるようなヘタレだから余計にそう思う。
これくらいに必死で切実な話を書けるにはどうしたらいいのかなあ。滝本くらいに他人に対して必死になれたらいいのだけれど、僕はすでに何か、あきらめてしまってる・・・
あきらめても何か残るだろうと思ったがまだ何か残りかすがあるのかどうか本当に微妙だ。死ぬ意欲すら湧いてこない。ああ、多分今腹が減ってるからそう思うんだな。生命力が足りない・・・
内容としてはヒキコモリの精神がびしびし反映されている話だろう。つーか主人公は多分滝本さんそのものだろう。僕はここまでエキセントリックにコンプレックスを抱えたことがないんだが、他のヒキコモリストの人たちはこんくらいにやばいのかもしれない。そういえば友人のDはこれくらいに必死だった気がする。何もかもをあきらめた上で必死になりたス。腹が減った・・・飯を食おう。
あとがきは2001年版と2005年版のとがあったんだけど、2001年版の滝本は一人称を「僕」と称していた。そしてこの問題が現在進行形であると言及していた。一方2005年の滝本は一人称を「私」として「この作品は面白いよ。だからみんな買ってね」らしきことを言及していた。これは滝本自身における、この作品の位置付けが遠い昔のこととなってしまったという皮肉な現状認知のあとがきなのだろうと思う。
多分、4年前の滝本はこんな自分になってしまうことを何よりも嫌い、成長することを拒絶しているまさにミスターチルドレンな存在だったのだろう。しかし、現在の滝本は革命を起こすことも成長を拒絶し、死ぬことも出来ず、うやむやなままに大人になってしまい、そしてその痛々しい自分の過去を傍観者の目で眺めてしまっている。そんな自分に腹がたつことすらもない。そのこと自体に何か苛立っているように感じた。というのは深読みしすぎかねえ?
でも多分2001年の滝本が現在の滝本を知ると、きっと殺しに逝くと思うんだよね。ああ、だから腹が減ったんだ。飯を食おう。
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