電波男3

2005年3月30日
故郷に帰ってきた友人が活発な人なので全然本がススまない。いつも彼に誘われ飲み会やってる気がする。ああ死にたい。つーかなんで俺は生きてるんだ?ところで本田氏は二次元への愛も三次元への愛も妄想に過ぎないのだからどちらを選び取るかはたいした問題じゃない、と言い切ってしまってるね。これは正直どうなのか?と思ってしまった。ここまでのロジックは「恋愛資本主義は間違えている」から「真実の愛は脳内にだけ存在しうる(イデアへの愛だけに存在しうる)」という主旨ではなかったのか。これでは前提としての愛がすでに存在しえないものだと言い切ってしまってるわけだから前提としてのロジックも破綻してることになっちゃうのでは。前提としての愛が存在するか非存在なのかという存在論的な観念論とか唯物論とかそういったものとは離れた、「愛は存在するという前提」をおいたオタク論なわけだから、ここでいきなり前提の前提の話を持ち出されても、ロジックの破綻を自分で認めてるようなもんなのでは。「愛が存在する」という前提が成り立った上で三次元で認められる愛の形が二次元でも存在しえるのかという命題なのではなかったのか。まあ最後まで読んでみないとわかんないけども。

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